| 1897 |
ルーマニアのブライラで生まれる。
13歳の時、最愛の父が他界。何もしてあげられなかったことを悔やみ、医師を志す想いが生まれた。 |
| 1915 |
国立ブカレスト医学部に入学 |
| 1922 |
トップの成績で卒業 |
| 1924 |
ドクターの資格を取得
以降、いくつかの病院で勤務し、経験と実績を重ねる。
アンチエイジング医療の研究を続け多くの論文を発表。
次第に頭角を現す。 |
| 1952 |
国立老化予防医学研究所開設と同時に
所長に就任(55歳)
プロカインがアンチエイジングに効果をもたらすことを突き止める。
鬱病、記憶力の改善、注意力、視力、聴力、臭覚、自律神経、関節の働きが改善し、血圧も正常化することを多くの臨床により確認した。 |
| 1956 |
スイスで開催された「老人病学ヨーロッパ会議」で論文が発表され、世界的な反響を呼び起こす。 |
| 1957 |
7600人の患者の薬理データに基づき、
若返り治療薬【GEROVITAL H3】が誕生。
ルーマニア厚生省が認可し医療の現場で広く使われることになった。
「GER」は「老い」を「VITAL」は「活力」をあらわす。 |
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アナ・アスラン博士は、その研究に対し世界中から賞賛を得た。
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【GEROVITAL H3】は、世界的に一番古く、長く世界中で愛されているアンチエイジング医薬品である。 |
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世界的中を飛び回る多忙な中でも、研究を怠ることはなかった。
老化のひとつの現象である、皮膚の若返りの研究をかさね、ついにアンチエイジング・コスメを開発。 |
| 1966 |
アンチエイジング・コスメの量産を開始。 |
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アナ・アスラン博士は、白衣の時は一国の元首であろうと、著名な画家や
文化人、ハリウッドスターであっても一般の人々と同様に分け隔てなく向き合った。 |
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ピカソ、サマセット・モーム、パプロ・ネルダン、サルバドール・ダリ、ミュグレ・アストリアス、チャーリー・チャップリン、インディラ・ガンジー、アラビアの王様とお后、チトー大統領、マレーネ・テートリッヒ、リリアン・ギシュ、オナシス、ジャクリーヌ・ケネディ、毛沢東、スターリン、フルシチョフ… |
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永遠の若さを求めて、数え切れないほどの世界のVIPがお忍びで博士のもとを訪れ、治療とエステを受けた。 |
1978
1988 |
東京国際老人学大会に来日 昭和天皇と挨拶
アナ・アスラン博士は、91歳でその生涯を閉じた。その寸前まで、精力的に仕事をこなし、ハリのある肌を持ち続けていたといわれている。
自らが【GEROVITAL H3】の被験者だった。 |
| 1998 |
国家予算を投じたアンチエイジング研究の成果は、社会主義体制の崩壊後、医薬品はSICOMED(シコメッド)社へ、化粧品はGEROVITAL・COSMETICS(ジェロヴィタール・コスメティックス)社へ譲渡された。 |
| 2005 |
アナ・アスラン博士の指導を受けたジェロヴィタール・コスメティックス社の研究者達は、その遺志と処方箋のもと、現代のアンチエイジング・コスメ「EXTAZ(エクターズ)」を開発した。 |